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介護エンターテイナーという生き方~すべての点は今の自分に繋がっている

投稿日:2018年3月27日 更新日:

このブログの編集長、介護エンターテイナー石田竜生が、フリーランスの作業療法士になったきっかけや、お笑い芸人時代のエピソード、日本介護エンターテイメント協会を設立した経緯など、介護エンターテイナー石田竜生の歴史を知っていただければ。
今の仕事に悩んでいる人。新しい働き方を模索している人にもおすすめの記事です。

当ブログ『FUNSEED(ファンシード)』では、リハビリやレクリエーションのコツ。介護・医療業界で働く人を応援する情報を発信しています。

スティーブ・ジョブズは言った「Connecting the dots」と。

30歳を超えた時、作業療法士で働きながらお笑い芸人。
二足のわらじで、どこか中途半端で悩んでいた自分を救ってくれたのがこの言葉でした。

Connecting the dots(点と点を結びつける)
将来を見据えて、点(出来事)と点(出来事)の繋がりは予測できない。だからこそ、今やっていることがどこかに繋がると信じなくてはいけません。
何かを信じてください、あなたの根性、運命、業、なんでも構いません。
その点がどこかに繋がると信じていれば、他の人と違う道を歩いていても自信をもって歩き通せるからです。それが人生に違いをもたらします。
(YouTubeの動画から)

僕の場合、回り道だと思っていた点(出来事)は、「自分のありたい姿」が明確になった時に、無駄だとは思わなくなりました。
すべての点は今の自分に繋がっている。
全ての点をまとめて「介護エンターテイナー(R)」と名乗り、「人生のラストに笑いと生きがいを」をテーマに活動しています。
僕の人生の点(出来事)をまとめてみたので、点が繋がっていく様子を楽しんでいただければ
または参考にして頂ければ。

人生で最も大きな点 ~作業療法士を目指す

リハビリの国家資格である作業療法士を目指したのは、特に大きな志があったからではありません。看護師である兄と姉から「リハビリテーションの仕事」があることを聞いたから。
それまで、なんとなくそんな仕事があるとは知っていましたが、リアルな話を聞いて僕の進路が決まりました。
「1人暮らしがしたい」そんなわがままな理由だけで新潟の大学を選び、富山から新潟で一人暮らしを始めます。両親には大変迷惑をかけました・・・。

ここでも何の志もなく、ただなんとなく学生生活を送ります。
もっと勉強をしておけばよかった。
ボランティアをしておけばよかった。
病院や施設を見て回ればよかった。
大学を卒業した人はみんなそんな風に言います。

現役学生の皆さんは後悔しないように。
(僕が学生時代にこの言葉を聞いても行動していなかったでしょうが)
ちなみに成績は下の下。作業療法士は、病院や施設に実習に行くのですが、ある実習先では怒られまくり何度も泣きました。
本当に辛かった。・・・あの先生の顔は今でも思い出す。

ギリギリの成績で4年間を過ごし、国家試験を受験させてもらうのは奇跡みたいな状況でした。
(国家試験が不合格になりそうな人は試験を受けさせてもらえないのです)


↑そんな劣等生でしたが、2018年の大学同窓会紙では表紙を飾りました。

どなたでもご覧になれますので、よかったら。

自分のルーツをつくった点 ~保育園で主役を演じる

大学に通う一方、小さいころからの夢も捨てきれないでいました。
それは「お笑い芸人になる」こと。憧れはダウンタウンさん。
小学校→中学校→高校と人を笑わせることが大好きで、みんなの前で漫才をしたりもしていました。それから、ずっとお笑いをやりたいという気持ちがありました。
ただ、「お笑い芸人ほど不安定なものはない。
医療・介護業界で資格を持てば安泰だし、普通に生活できるだろう」そんな思いがブレーキをかけ、お笑い芸人の世界には飛び込む勇気はありませんでした。←作業療法士の大学を選んだ理由の一つはコレです。

ある時自分のルーツについて考えたことがあります。

なぜお笑い芸人をやりたいと思ったのか。
また現在、セミナーや研修で人前に立って「伝える」仕事をしているのはなぜなのか。

僕のルーツは実家の8ミリビデオテープの中に眠っていました。
5歳のころ、保育園の演劇で主役を演じたことがありました。
それも本番一週間前ぐらいに、主役を演じるはずだった子が、駄々をこねてリタイヤ。しぶしぶの代役だった気がする。
本番当日は、今でも鮮明に覚えています。
僕の演技を見ている親御さんたちが笑ったり、うなずいたりしてくれているのがうれしくてうれしくて。
あの時の快感が、僕を突き動かしている気がします。
きっと僕は、人の反応がみたくて人前に立っているのだと思うのです。

↑「グーグーハンバーグ」で主役を演じる かわいい

↑アップにしてもかわいい

人を笑わすことが大好きな人は「お笑い芸人になりたい」と一度は考えます。
やるならお笑いの本場大阪に行きたい。田舎で育った僕もそんな夢を持ちます。
でも、もう一人の自分が邪魔をします。

「おいおい、本当に上手くいくのかい?」

ううう、やめてくれ!僕は高校を卒業して大阪に行くんだ!

「上手くいかなかったらどうするんだい。」

上手くいかないはずがない。僕はこんなに面白いんだ!

「竜生、資格をとるのはどうだい?」

資格?

「そう!資格だよ。これからの時代、資格だよ~」

うん。それもそうだね!

ってことで、医療福祉大学への進学を決めるのでした。

 

自分に個性を与えた点 ~小さいころからの夢だったお笑いの道へ

卒業後、富山県の介護老人保健施設で作業療法士として働き始めますが、TVで活躍する芸人を見るたびに、「お笑いをやりたい」という気持ちが高まります。

このまま後悔しながら人生を終えるのか。
「芸人をしていたら凄いことになっていた」と周りに愚痴をこぼしながら生きていくのか。

挑戦しないままでは、自分がダメ人間になっていくのは目に見えていました。
わずか1年で退職し、吉本興業のお笑い芸人養成所NSC(吉本総合芸能学園)への入学を決意します。
2006年NSCに入学。NSC30期生。入学者は551人。
(東京校を合わせると1000人を超えます)

中学高校で一番面白かったであろう人間が、「この中で一番面白いのは俺だ!」そんな思いを持ち、大阪なんばに集結します。
NSCは1年間。春に551人入学し、夏に半分になり、卒業時には生徒は3分の1ぐらいになっていました。
551人の中で、全国区のテレビ番組に出られるのは2.3組だと言われています。
同期の代表は、尼神インター、バンビーノ、プリマ旦那、アイロンヘッドなど。

↑当時の「願書」と「入学式のお知らせ」が出てきた

ちなみに、カリキュラム(当時)のほとんどは「ネタ見せ」です。
10クラスぐらいに分けられ、一人で入学してきた人が多いので、クラス内で相方を見つけるか、ピン芸人として授業を受けます。

ネタ見せの授業内容はこんな感じ。

授業前にネタを見せする人はホワイトボードに名前を書きこむ。
(ここで何もしない人は、ただ授業を見るだけになる。やる気がない人は自然淘汰となる。)


講師の前でネタ見せする。
※講師は放送作家の方、劇場作家の方、現役芸人の方などさまざま

ダメ出しを受ける。

各自ネタを修正していく。

たとえば、ネタの詳しい構成
ここでボケて、こうツッコむ。ここで間をおいて、こんなボケがいい
みたいなことは、習わなかった気がします。
自由にネタを作らせて、その内容を講師がアドバイスする。
「お前ら勝手にネタ作っとけ、いけそうか無理かは助言してやる」みたいな(笑)。
たぶんそんなスタンスだからこそ、多種多様・奇人変人な芸人が生まれるのだと勝手に想像しています。(あくまで当時の授業内容ですが)
ネタ見せの授業以外は、発声やダンス、活躍中の芸人さんによる特別授業など。

NSC在学時の活躍は、まあまあ(笑)
入学当初はコンビで活動していましたが、秋ごろに解散。その後ピンで活動を続けていました。
外部のお笑い大会やコンクールの代表を決めるNSC内のオーディションには1回合格。
クラス編成のオーディションでは、上から2番目のクラスに入る。
R-1グランプリ2回戦進出。

↑現在でもR-1グランプリには毎年出演。2回戦進出したりしなかったり(笑)

現在のNSCを調べてみました。気になる方はぜ
今では大阪校、東京校に加え、福岡校、名古屋校、ジュニアがあるらしい。

NSCとは「ニュー・スター・クリエイション」の略称です。NSCでは、急速に拡大するコンテンツ制作環境や多様化するニーズに適応できる新しい種類の芸能人育成の可能性を追及していきます。
1982年の大阪校開校以来の実績は皆さんもご存知の通り。ダウンタウン、ナインティナイン、など数多くのスターを誕生させてきました。時代の数歩先を読むことが出来る感性を武器にNSC出身タレントは全国で活躍しています。
NSCでは、半年間の基礎・応用レッスンの後、夢を叶えるための実践的な授業を実施し、各種新人オーディションや様々なイベント等、あなたの実力を試すチャンスも豊富に用意しています。また、成績優秀者は在学中から吉本所属のタレントとして舞台出演、TV出演等で仕事の現場に立つことも可能になります。
講師の先生方は「先生」である前にあなたの可能性を導き出す「サポーター」であり、日々のレッスンは「教わる場」ではなく「レッスンを通じて自らをプロデュースする場」です。NSCという空間を利用して自らを磨き、演出してください。あなたの可能性は無限大です。

◆学費
【お笑いコース】入学金 100,000円 年間授業料 250,000円(※消費税別)

笑いと介護2つの目線を持つことができた点 ~NSC卒業と共にフリーの芸人と作業療法士2足のわらじに

作業療法士という国家資格を持ちながら芸人活動をすることは、ある意味「保険」だったかもしれません。
でも、「保険」と捉えるか「個性」と捉えるかで人生の選択は変わってきます。
言い訳になりますが、僕はどこか「保険」と捉えていたようです。

NSC卒業後は、フリーの芸人となり自分たちで道を切り開いていかなくてはいけません。
吉本の劇場(当時はbaseよしもとなど)のオーディションを受けたり、若手芸人同士のライブに出場したり、路上ライブをしたり。
そこで、自分たちの笑いがどうやったら面白くなるのか、研究と経験を重ね努力していきます。
NSC卒業後に「よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属」となるわけではありません。
劇場などのオーディションに合格したり、大会で優秀な成績を収めることができると事務所所属となります。
事務所所属がゴールではなくそこから先がまた大変なのですが・・・

僕も卒業後、コンビを組んだり、ピンで活動したり、またコンビを組んだり。
何度かそんなことを繰り返しながら、他の芸人と同じように、オーディションや大会に出場しました。
当然、フリーの芸人では食べていけるはずがありません。作業療法士としてデイケアでパートとして勤務しはじめます。(現在もその施設で働いています)

『お笑いで成功する』という覚悟で活動していたものの、作業療法士の仕事は比較的時給がいいので、他の芸人仲間よりもお金稼ぐことができる。
そんな生活が続くと、いつの間にかお笑いも作業療法士も中途半端になっていました。
これも大きな言い訳ですが・・・ピン芸人というのはモチベーションの維持がとても大変です。
サボっても誰に文句を言われることはありません。ネタを作っても誰も評価してくれません。
相方がいないことをいいことに、次第に芸人活動からフェードアウトしていくことになります。

親の反対を押し切ってまで大阪にきたのに。
日本一になると決めて芸人になったのに。

あの時の覚悟はどこへやら。
芸人活動をしていてもどこか「作業療法士の資格があるからいいか。」と思いながら。
作業療法士の仕事をしていても「このままの俺じゃない。いつか芸人で人気が出るはず。」と思いながら。
こんな中途半端な人間にチャンスは降ってくるはずがありません。自分の将来を見据えコツコツと努力を重ねた人にしかチャンスは降ってこないのです。

点と点が繋がる瞬間が訪れる ~介護エンターテイナーの誕生

次第に作業療法士の仕事が多くなり、正社員と同様の勤務体系になりつつ、芸人同士のライブなどには積極出来に顔を出すわけでもなく。たまにあるお笑いの大会に出場。
そんな中途半端な2足のわらじ状態が5年ほど続きます。

そして30歳。
年齢的にもどうしようかと悩む中、知り合いに依頼された介護施設でのボランティアが転機となります。
パートで働いている施設でレクリエーションをしたり、グループ施設でボランティアを経験したことはあったのですが、外部の施設でボランティアを実施するのは初めてでした。
初対面の方々と40分間。
どうなるかと不安でしたが、結果は大成功。

↑外部で初めてのボランティア ヅラも被っていないし衣装も決まっていない

高齢者の方が無邪気に笑う姿
それを見て笑顔になるスタッフ
「こんなに笑ったの何年ぶりかしら」と、自分で大笑いしたことに驚く方もいたり
「○○さんがあんなに笑う人だとは思わなかった」と言ってくれるスタッフ
面識のない初対面の人にも自分が実施するレクリエーションは通用するのだ。と、あらたな発見をします。

自分の慣れている場所では、自分の強みをみつけることは出来ません。
外に出ていくことで自分の価値に気が付くことができるのです。

この日をきっかけに全国でボランティアを実施していくことになるのですが、毎回同じような感想を頂きます。
「○○さんがあんなに笑う人だとは思わなかった」
「○○さんがあんなに動いているのは初めて見た」
うれしいのと同時に、その言葉は、今までその施設で働くスタッフは「利用者さんの眠っていた力を生み出すことができていなかった」ということ。
高齢者にとって笑いなどの刺激を受けることがすごく大切なことなのに、それが十分ではない施設が多い。
自分のだけがこの活動をするのではなく、自分の知識やノウハウなど、伝えられることを発信していくことが重要だと考えるようになります。

実際、普段僕がかかわる高齢者の方も、「何にも楽しいことなんてない」「一日ボ~っと過ごしていた」「家に帰ったらTVをみて寝ているだけ」そんな風におっしゃる方がとても多いのです。
介護現場で働く僕たちが、笑いや生きがいに繋がるヒントを与えられないままでいいのでしょうか。
自分たちが高齢者になった時、楽しみも生きがいもなく毎日を過ごすのは悲しすぎる。

『人生のラストに笑いと生きがいを』をテーマに、自分にしかできない、笑い×介護の道を突き進もうと「介護エンターテイナー」という肩書きを作り、日本介護エンターテイメント協会を設立します。

↑2014年7月Facebookで肩書きを告知する

↑介護エンターテイナーの商標取得 世界で一つだけの肩書きに

同時に、介護職や看護師、作業療法士向けの講演や研修、セミナー活動を開始。芸人活動から学んだコミュニケーション・レクリエーションや集団リハビリのコツをお伝えしています。

↑地方自治体や「月刊デイ」などの大手出版社 都道府県の介護イベントからの依頼も増えている

 

点と点を繋ぐには『まず行動し発信すること』

作業療法士とお笑い芸人。点と点が繋がらずに中途半端だった自分。
そんな自分と同じように悩んでいる人に、僕が活動してく上で大切にしていることを紹介します。

仕事はもらうのではありません。自ら作りだすものです。

①将来の自分に「時間」を投資する

交通費だけ施設に負担して頂き、全国のべ150ヶ所をボランティアで訪問。
経験は何よりの財産になります。
自分の空いた時間を使って、経験できる場所を見つける努力をすることが大切です。

②ボランティアや社会貢献をSNSで発信する

ボランティアや社会貢献は、最大のプロモーション(自分の広報)となります。
自分の活動を、SNSで発信していくと、ボランティアのオファーが殺到します。
ボランティアや社会貢献は、拡散力を持っているのです。

③仕事はもらうのではなく自分で創っていく

フリーランスの作業療法士(介護・医療現場以外でも収入を得る人と定義します)として活動するためには、介護現場以外の場所で収入を得なければいけません。ただ「仕事をください」と言っていても誰も仕事をくれるはずがありません。
誰もやっていないことを続ければ需要が生まれ、それが仕事になります。
石田であれば「150ヶ所でボランティアした人の話を聞きたい」「経験値のある人からコツを教えてほしい」という人が表れだすのです。
需要を自分で作ってしまうと、セミナーや講演会、イベントの仕事が生まれます。

④とにかく継続すること

継続しないと価値は生まれません。
介護エンターテイナーと名乗りだしてからブログの毎日更新を3年以上継続しています。
継続は信用に繋がります。
たとえば、同じ能力を持っている人が2人いるとします。3年ブログを書いて自己発信している人と、1年間たまにブログを更新している人、あなただったらどちらに仕事を依頼しますか?
きっと前者でしょう。

⑤あなたの知識や経験を必要としている人がたくさんいる

介護は可能性に溢れています。
介護現場で働くことが全てではなく、介護の知識や経験は、もっといろいろな形で価値をもたらします。
たとえば、認知症の人とのコミュニケーション方法を知りたい企業がたくさんある。
高齢者と一緒に住む家族は介護技術を学びたい。
地域の公民館で体操教室を開いている人は、レクリエーションや体操のネタを知りたい。
日本の介護を知りたい国がたくさんある。
「どこに向けて発信していくのか」明確にすることが大切です。

⑥グチも3年続ければ社会を動かす「意見」に変わる

何も発信することがない人は、グチでもいいのでとにかく、内側にとどめずに自分の思いをブログやSNSなどで発信することです。
グチも3年続ければ社会を動かすきっかけになります。
たとえば、3年続ければ同じ意見を持った仲間が集まるでしょう。
不満を解決するためのアイデアが生まれてくるでしょう。
生の介護現場の声を聞きたいとマスコミが取材に来るかもしれません。
その経験が本になるかも?セミナーや講演会の依頼が来るかも?そう考えると可能性は無限大です。

Connecting the dots

将来を見据えて、点(出来事)と点(出来事)の繋がりは予測できない。
だからこそ、今やっていることがどこかに繋がると信じなくてはいけません。

何かを信じてください、あなたの根性、運命、業、なんでも構いません。
その点がどこかに繋がると信じていれば、他の人と違う道を歩いていても自信をもって歩き通せるからです。それが人生に違いをもたらします。

作業療法士とお笑い芸人。
両方中途半端だった時は、この点と点が繋がるとは思っていませんでした。
でも、人生を見返した時、自分が救いたい人を見つけた時、生きる使命がみつかった時。
この点と点を繋げばいいのだと気が付きました。
5歳の時に演劇で主役を演じたことも、作業療法士の大学に進んだことも、お笑い芸人を真剣に志したことも、中途半端だった自分に嫌気がさして苦しかったあの日々も、すべて点で繋がっていました。
これからの活動は、すべて将来に繋がると信じながら活動していきます。

 

  • この記事を書いた人
funseed

介護エンターテイナー石田竜生

作業療法士 ケアマネジャー 芸人 リハビリの国家資格である作業療法士として介護施設(デイケア)で働きながら、大阪よしもとの養成所に通い、フリーのお笑い芸人・舞台俳優の活動を続けている。芸人・舞台俳優活動で培った技術を生かして、一般社団法人介護エンタ―テイメント協会を設立。『人生のラストに「笑い」と「生きがい」を』をモットーに、『介護エンターテイナー』と名乗り活動している。 リハビリ体操に笑いの体操、エンタメ性いっぱいのアクティビティなどを取り入れ、介護現場を『笑い』でいっぱいにするために、日本全国でボランティアやセミナー、講演会講師活動中。開催したボランティアは、のべ150ヶ所を超える。 『介護×笑い』に関する取り組みへの注目度は高く、多くのメディアから取材や執筆の依頼がある。 登録者12000人以上 総再生数200万回以上の YouTubeチャンネルは中高年や介護・医療職から絶大な支持を得ている。【介護エンタ―テイメントチャンネル】で検索!

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